2010年11月22日月曜日

「激突討論!2011年の日本経済」(Voice12月号)を読む(その1)

 先日の竹森俊平氏の論考に引き続き、特集の中身について紹介しつつ感想交じりでまとめておこう。テーマは7つであり、円高、日本株、財政、デフレ、成長戦略、米国経済、新興国というものだ。いずれも2010年に話題になった話であり、来年も引き続き話題となるだろう。(その1)では円高と日本株の二つについてみていこう。

  1.円高
 最初の点は円高である。円高は現在ややその勢いを弱めているものの、83円台が続く状況であり、楽観視することはできない状況だ。このテーマでは榊原英資氏と北尾吉孝氏が論考を寄せている。

榊原英資氏は、現在は円高というよりもドル安の状況にあると説く。だが二国レートが円とドルといった二つの通貨の交換比率である以上、この区分は意味がない。加えて円高が進む状況では円が独歩高の状況だったが、ドルはそうとはいえない。榊原氏の論説はこの意味で事実認識を欠くものである。榊原氏は史上最高値である一ドル=7975銭を超えると、70円台が定着すると説くが、今後そのような状況が生じるのだろうか。現段階では判断がつかないところである。

榊原氏は現在実質的なゼロ金利の状態にあり、すでに流動性は十分すぎるほど提供している、にも関わらず緩やかなデフレが続いているのは、従来の経済理論で説明できないことが生じているためだという。そしてそれは何かといえば、グローバリゼーションの進展による日本と東アジアの統合であるという。そして円高は大きなメリットをもたらすという。なぜかといえば、今後世界的な獲得競争が進んでいるのはエネルギーや食料であるが、円高はエネルギーや食料を購入したり、資源開発を行うために有利であるというのが理由である。

だが榊原氏の議論は全て誤りだ。まず実質的なゼロ金利という話だが、実質的なゼロ金利というのが日銀の政策金利が実質的にゼロということならそうかもしれない。しかし実体経済に影響するのは名目金利ではなく物価の影響を考慮した実質金利である。デフレが進む中で実質金利はゼロではなく、政策金利のベースで日米欧を比べてみても日本の実質政策金利はプラスであるが、欧米諸国の実質政策金利はマイナスの水準だ。

流動性の提供についてはどうか。日本銀行は十分すぎるほど流動性を提供しているというが当座預金残高の伸びは5%から10%の枠内で推移しており、リーマン・ショック以降金融緩和を行った形跡は無い。一方欧米諸国の金融緩和はバランスシートを2倍・3倍にする急激なものだ。もしかするとマネーストックの名目GDP比が各国と比較して高いことを言っているのかもしれない。しかしマネーストックの名目GDP比はマクロベースのマーシャルのk(貨幣乗数の逆数)を意味しており、これが各国と比較して高いのは、マネーがマネーとして需要されていること、つまりデフレに陥っていることと同義である。マネーをマネーとして溜め込もうとするから、投資や財を購入するという需要が生じない。流動性が十分提供されていないからこそデフレが生じているのだ。

更に榊原氏がデフレの原因として挙げている日本と東アジアの統合という原因は、東アジアとの統合が進む他の東アジア諸国でなぜデフレが生じていないのかを説明できない。我が国の貿易がGDPに占める割合は東アジアのほかの国々よりも小さい。よって他の東アジアの国々よりも(仮にあるとしても)デフレの影響は小さいはずだ。さらに貿易のメリットを示すのは交易条件だが、円高と交易条件の変化はリンクしない。確かに円高はエネルギーや食料品の価格を自国通貨で安価にして輸入を進めるという利点を持つが、マクロ全体の交易条件をみると、直近では円高が進み、交易条件の悪化が生じているという状況である。つまり大きなメリットなど少しも生じていないのである。
 
  北尾氏の主張はどうか。まず実質実効レートの動向から見て円はそれほど高くないという説を否定する点は自分も同意する。補足すれば、実質実効レートを見る際には、物価の影響を考慮した名目実効レートも合わせて見る必要があり、名目実効レートは過去最悪の円高であることを忘れるべきではない。そして名目実効レートが実質実効レートを上回るのは、他国と比較して我が国のデフレが進んでいることを意味するのである。交易条件と実質実効レートの動きがリンクしないこと、円高は日本の引き締め的な金融政策が原因であるとの指摘はそのとおりだ。なお、北尾氏の円の国際化に関する議論は兎も角として、自国の資産を有利な形で投資することは必要だろう。

2.日本株
 次は日本株の動きについてである。円高が一服するにつれ日経平均は1万円台を回復した。日本株はどう動くのか。北野一氏と倉都康行氏が論じている。
 
 まず北野氏の議論をみよう。北野氏は先進国で生じている債券バブル(債券価格の上昇と金利の低下)は先進国の「日本化」懸念を体現しており、これが行き過ぎであること、先進国の日本化懸念による名目長期金利の低下とデフレが日本の実質金利を高止まらせて、これが日本株を下げる要因として働いていると述べる。昨今のわずかばかりの円高修正と株価の動き、債券市場の動きは北野氏の議論が正しいことを意味しているように思える。だが、「日本化」に関するバーナンキの議論を援用した説明と、米国頼みの現状という視点は疑問である。

 ひとつは北野氏が言う、「株式への要求リターンは、PERを見れば分かるように、世界的に一つの値に収斂している」という議論だ。容易に分かるように、主要国の株価収益率をグラフにとると世界的に一つの値になど収斂しておらず、1119日の世界主要市場の株価収益率はインド/SENSEX18.85倍、米国/ナスダックは18.57倍、日本/日経22517.8倍、中国/上海は16.19倍であり、これらの国の株価は割高である。ヒストリカル・データから月次のPERを見ても、2007年半ばから201011月の日経225JASDAQといった指標のPER15倍を切っておらず寧ろ割高であるといったほうが良い。一方でNYダウは15倍を割り込んでおり割安といえる。世界の株価収益率が一つの値に収斂するという指摘が理論的な視点の話なのかは不明だが、統計を見る限り寧ろバラバラで日本の平均株価は割高かやや収益率が高いというのが現状である。日本の平均株価の収益率が割高であり、世界的に収斂した一つの収益率を投資家が求めているのならば、日本の実力を下回る水準を投資家は求めているのではないだろうか。自分の理解不足なのかもしれないが、統計データを確認する限り、北野氏のこの立論は誤りといえるのではないか。

もう一つの疑問点は、潜在成長率が概ね自然利子率と等しいという指摘である。自然利子率が潜在成長率と等しいという指摘は、長期の自然利子率=(相対的リスク回避度×技術進歩率)+時間選好率という関係式から、相対的リスク回避度を1とし、技術進歩率を潜在成長率と等しいとし、さらに時間選好率をゼロとした場合の話である。だが自然利子率について論じるのであれば、短期自然利子率=自然産出量変化率+需要ショックも考慮すべきで、サブプライム・ショック以降の世界経済に生じたのが急激な需要の低下であったことを考慮すれば、自然利子率の低下は潜在成長率の低下ではなく急激な需要低下によるものと見るべきだろう。更に、潜在成長率は生産性と労働力人口、資本投入の伸びで決まる。労働力人口が減るからといって資本が増加すれば良く、資本生産性を高めることでTFPを高めることを意図していけば、潜在成長率を高めることは可能であって悲観する必要はない。デフレが構造問題であるという指摘は、構造問題とみなされるものが、需要低迷が続いた結果として生じていることを無視しているのではないか。
 
  さて倉都氏の議論を見よう。倉都氏は、日本株の低迷は、経済の構造的需給ギャップを反映したもの、つまりは供給過剰であって需要不足ではない経済状況が長く続いていることにあるとする。そして、それは米国という金融化経済を通じて異様に肥大した消費水準を適正水準とみなして生産を続けてきた「先食い経済」のつけを表現したものに他ならない、と指摘する。

まず「供給過剰であって需要不足でない経済状況」が長く続いたという指摘だが、ある時点から供給過剰となる状態が発生するのは、突然生産性が向上した状態を指すのだろう。しかし我が国の長期停滞の原因仮説として、生産性が向上したという仮説は残念ながら存在しない。そして報告されている実証研究を見ても倉都氏の議論を補強する材料は見当たらない。関連して、供給過剰には人口減少という内需需要変化を読みきれなかった経営的失態が影響したとあるが、人口減少が生じたのは2004年のことであって90年代以降の長期停滞を人口減少で説明することはできない。更に長期停滞期の成長率を要因分解すると、生産年齢人口変化のGDP成長率に占める寄与はわずかであり、労働投入という視点では失業率の悪化といった需要変化の要因がより大きく影響している。つまり、倉都氏が原因としてあげている点は誤りなのである。
 
  お二人の視点を批判するだけではフェアでないので、自分の考え・視点を述べよう。自分は日本株の動きが債券価格の上昇と金利の低下という現象(これを債券バブルと呼ぶべきではないと思うが)と何らかの関係があるとする北野氏の議論には賛成する。

ここでポイントとなるのは長期金利の動きをどう判断するか、長期金利の動きの背後にある変動要因をどう仕分けして判断するかという視点だ。長期金利は、金融緩和が進めば低下し、将来の成長期待が高まれば上昇し、期待インフレ率が高まれば上昇する。米国はQE2に踏み切ったが、長期国債購入による金融緩和は、当初は長期金利の低下圧力として働くが、時間的なラグを伴いつつ、期待インフレ率を高め、投資需要の増加から成長期待を高めるという効果を有するだろう。つまりQE2が所定の効果を達成すれば長期金利は上がると考えられる。この点は日本の量的緩和の際にも実証的に確認されている事実である。 そして北野氏が指摘するとおり、現状の米国の投資需要は低迷しているが、これは行き過ぎの傾向が強く、OECD Economic Outlookの最新版でも指摘されているように今後投資需要は回復することになるだろう。そうすれば米国経済の回復により長期名目金利は上昇してドルレートの上昇圧力となりえるだろう。

 だが、円ドルレートという観点から見れば、ドルレートの上昇圧力が現状の円ドルレートをより改善する動きになるかは疑問である。なぜかといえば、現状のドルレートの動きを日米の金融緩和度合い(マネタリーベースの上昇率の差)と日米長期実質金利差で要因分解した場合、ほぼ日米の金融緩和度合いで説明がついてしまうためである。日本と米国の金融緩和の度合いを比較すると、明らかに日本の緩和度合いが緩慢であって、これが円ドルレートを高止まらせることになるのではないか。北野氏が指摘するように、米国が日本の二の舞になるようなリスクは小さいと考えるが、北野氏が指摘する構造デフレ要因ではなく日銀の金融政策が原因で、デフレを超えるほどの円安に結びつかないのではないかと考えられるのである。勿論リスク要因もある。それは倉都氏が指摘する米・中が抱える要因だ。だが、マクロで見た場合の成長率では米国は3%程度の実質成長に復帰していくという見方が正しいのではないか。

日本経済が復活するための重要なドライバーの一つが外需であり、外需で重要な影響を果たすのは、成長著しいアジア経済の需要にいかにキャッチアップするかという視点だ。為替レートを円安にして企業の先行き懸念を払拭できれば、それは企業の価格競争力の上昇にも寄与するし、成長期待から株価の回復も期待できるのではないだろうか。

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