2010年10月25日月曜日

「デフレについての誤解」の誤解

 池田信夫氏が「デフレについての誤解」という題名でデフレについて書かれている。率直に言えば、氏が指摘している4点は新たな誤解を招きかねないものだ。取り急ぎ、議論を敷衍しながら、「デフレについての誤解」の誤解について論じることにしよう。

1.デフレが不況の原因である。
 まず確認しておく必要があるのは、池田氏が言うように、デフレと不況とは同義語ではないということだ。IMFや内閣府におけるデフレの定義は、「2年以上継続して物価が下がっている状況」である。この定義からわかるのは、デフレは定義上、景気の悪化を含んだ概念ではないということだ。
 勿論、デフレは実質ベースの経済指標を上昇させることで経済に悪影響を及ぼす。名目賃金が下方硬直的であれば、デフレの進展は実質賃金の高止まりを生み、名目利子率がゼロ近傍であったとしてもデフレにより実質利子率は上昇するため、企業の投資は手控えられる。2002年以降の景気回復局面は、外需が好調でありデフレの進展による内需の停滞を好調な外需が打ち消す形で生じた。
なお、実質資産が高まることで消費が増加するという効果(ピグー効果)の妥当性は、控えめに言ってもはっきりした結論は得られていない。更に池田氏は1%程度のマイルドなデフレは測定誤差の範囲内と述べるが、1%程度のマイルドなデフレが測定誤差の範囲内という議論が我が国を含む中央銀行でなされた事実を私は寡聞にも知らない。
そして、最近の動学マクロ理論による理解として、t期の物価上昇率を左辺、t-1期におけるインフレ予想とt期の需給ギャップの2つの項を右辺に配した式が記載されているが、これはフォワードルッキングを一つの特徴とした最近の動学マクロ理論とは明らかに異なるだろう。
また、この式を提示することで、なぜt期の物価上昇率がGDPギャップのみで説明できるとするのか全く意味不明である。仮に右辺の項を説明要因と解釈した場合、池田氏が指摘している式そのものには右辺の項が2つ付されている。つまり、一つには1期前のインフレ予想、そしてもう一つは当該期のGDPギャップが、当該期のインフレ率を決めるという式であるからである。インフレ予想をなぜ無視するのか不明である。
 New IS-LMモデルで同種の話を説明すると、New IS-LMモデルの最もシンプルな形は以下の三つの式から構成され、3本の式から成るモデルで決まる変数(内生変数)は、GDPギャップ、インフレ率、名目短期金利である。外生変数(モデルの体系外で決まる変数)は、3本の式の確率的ショック、ターゲットとなるインフレ目標値である。

 (1New Keynesian IS曲線
GDPギャップ=f(将来のGDPギャップに関する期待値、名目金利-期待インフレ率、IS曲線に関する確率的ショック)

2New Keynesian Phillips 曲線
・インフレ率=f(期待インフレ率、GDPギャップ、NKP曲線に関する確率的ショック)

3)金融政策ルール(テイラールール)
・名目金利=f(インフレ率-インフレ目標値、GDPギャップ、金融政策ルールに関する確率的ショック)

 内生変数である、GDPギャップ、インフレ率、名目短期金利は説明要因にもなり、被説明要因にもなりえる。更に外生変数の変化はこれら内生変数に影響を及ぼす。結局、インフレ率は原因でもあり結果でもあって、「デフレは不況の結果であって原因ではない」という理解は誤りなのである。

2.デフレの原因は「お金の不足」である
 1.についてと同様だが、物価上昇率を決めるのはGDPギャップのみではない。付言すれば、デフレ脱却国民会議で説明されている話は、モノに関する市場と貨幣に関する市場の2つを考えた場合に、モノに関する市場の供給超過は、貨幣市場における需要超過(よって貨幣市場の需要超過を緩和すべく貨幣供給を増加させる事が必要)であるというワルラス法則に基づく議論を述べただけでこれ自体が間違いではないだろう。
そして、「デフレの罠」として記載されている点も疑問とせざるをえない。自然利子率は実質利子率、政策金利は名目利子率である。仮に政策金利がゼロ近傍で自然利子率がマイナスとなっていても、インフレ期待を高めれば、実質利子率を自然利子率の水準まで下げることができる、というのがクルーグマンやエガートソン・ウッドフォード等の議論の趣旨だ。池田氏の説明は名目と実質を混同している。

3.日銀の金融緩和が足りないからデフレになる
 池田氏の議論では、日銀のバランスシートの名目GDP比から日本の緩和度合いが世界最大だと論じる。だが、バランスシートの名目GDP比が高いことは、日本がデフレに陥っていることの結果でしかない。金融緩和の度合いを議論するのならば、政策金利を一定期間でどれだけ低下させたか、更に量的緩和については、一定期間で量的指標をどれだけ拡大させたのかが問題であって、このいずれにしても不十分であったというのが、90年代以降の日銀の金融緩和に関する議論の大勢だろう。

4.日銀はインフレ目標を設定していない
 池田氏の説明は、日銀の物価安定の「理解」を「目標」と混同しており、誤りである。間違いだと思われるのなら、白川総裁に聞いてみれば良いのではないか。日銀はインフレ目標を設定したとは口が避けても言わないだろう。

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