2010年10月5日、日本銀行は同日の政策委員会・金融政策決定会合において、大きく三つの措置からなる金融緩和策を実施すると発表した。まずは発表内容を敷衍しながら、簡単に雑感を書いてみよう。
金融緩和策の内容は、まずは金利誘導目標の変更であり、日銀が政策金利として誘導対象としている無担保コールレート(翌日物)を、これまでの0.1%から、0~0.1%程度で推移するように促すということだ。
為替介入については以前メモ書きしたが、現行の為替介入の枠組みでは、中央銀行が新たなアクションを起こさない場合には、為替介入は緩和効果を伴わない不胎化政策となってしまう。政府が日銀から一時的に調達した円を速やかに返済しない場合には、その間だけ日銀引き受けと同じような状況が生じるが、この場合には(他のオペレーションによる当座預金残高への影響が仮に無いものとすれば)金融緩和によって政策金利には下押し圧力がかかる。今回の措置は、このような擬似的な緩和圧力に対する政策金利の下押しを許容するという意味合いを持ったものと理解した方が良い。
二番目の措置は、「中長期的な物価安定の理解」に基づく時間軸の明確化についてである。「中長期的な物価安定の理解」とは委員の大勢が中長期的に望ましい物価の伸びを「消費者物価指数の前年比2%以下のプラスの領域で、委員の大勢は1%程度を中心と考えている」というものだ。
ここから「CPIで1%の物価上昇率を達成するまで、無担保コールレートを0~0.1%で推移させる」という意味でとれば、以前の量的緩和政策時よりもCPIの水準が上がっているために強力なコミットメントの表現という理解も可能だろう。しかし、そもそも「中長期的な物価安定の理解」にゼロ%が除外されたからといって、これが明確なコミットメントであるかどうかとは別問題である。
そもそも日銀は「中長期的な物価安定の理解」を目標とはしていない(言葉通り「理解」である)。そしてこの理解が目標と同義であり、その値が1%であったとしても、日銀が言う「物価の安定が展望できる状態」とは何かが明らかではない。つまり、コミットメントの中身が依然不透明な状況の下での時間軸の明確化なのである。
三点目の措置。資産買入等の基金の創設である。これは、多様な金融資産の買入れと固定金利方式・共通担保資金オペを行うためにバランスシート上に基金を創設するというものだ。将来の出口(切り離し)を考えた上での措置なのかもしれない。多様な金融資産の買入れは賛成だし、本措置に伴う長期国債の買い入れに関しては日銀券ルール(長期国債買入れ残高は銀行券発行残高を上限とすること)の対象外であることも賛成だ。尤も日銀券ルールを存続させる意味は無いと思うが・・・。
だが、問題はその規模である。5兆円とは少ない。というのは直近時点のマネタリーベース(平残)は98兆円であり、5兆円はマネタリーベースの5%であること、そして買入れの開始から1年後を目処に5兆円の買入れを完了させるという記述があるためである。これはマネタリーベースの5%程度の規模の金融緩和を1年かけて行うという意味であって、「思い切った措置」とのふれこみの割には期待はずれの内容である。デフレが懸念される米FRBのマネタリーベース前年比は17%程度であるが、これは量的緩和政策時の我が国のマネタリーベースの伸び(15%程度)を上回る。そして、直近時点の日銀のMBの前年比は5.8%なので、仮に5兆円の買入れを1ヶ月かけて行ったとしても米FRBのマネタリーベースの伸びはおろか量的緩和時のマネタリーベースの伸びにも届くことはない。いわんや1年、といったところか。結局、敢えて言えば買取り額が10倍であっても違和感はない水準だろう。
更に、緩和効果を高めるには、できるだけ貨幣(マネー)から遠い資産(中長期のもの)でかつ残存期間が長い資産を購入することが必要だが、今回買入れることを検討する長期国債、社債の残存期間は1~2年程度である。1年間で残存期間1~2年の長期国債・社債を買い取るのならば、5兆円という買取り規模の効果は更に小さくなることは必定だ。
以上、簡単に日銀が新たに決定した三つの措置について、概要と雑感を書いてみたが、金融緩和策の中身を子細に見ると、「見掛け倒し」の緩和策であることは明白だろう。勿論やらないよりはましだが。楽観的に考えれば、今回の措置は今後行うであろう量的緩和策への地ならしという見方もできる(?)のかもしれないが、過去の経緯を考えるとしぶしぶ対応したのではないかと思わざるをえない。
本日の金融緩和の決定は、事前報道とは大きく異なるものであり、市場にサプライズをもたらすものであった。タイミングをあわせて少額でも為替介入を行うこともありえたのではないか。
今回の日銀の政策決定の背景には、政府の2兆円程度といった過去最大規模の為替介入や、日銀法改正の可能性といった圧力もあるだろう。非伝統的政策に足を少なからず踏み入れる際には、政府のリーダシップとバックアップが必要だ。為替介入以降、為替レートは小幅に上下しつつ83円台を推移しているが、現状の為替レートを維持することが為替介入の目的ではなかったはずだ。政府が断続的に介入を行い、更に日銀が今後弾力的に政策を変更する端緒となればというのが思いである。
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